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東京高等裁判所 平成6年(ネ)280号 判決

主文

一  一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告に対し、一億〇二〇〇万円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審被告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、一審被告の負担とし、補助参加によつて生じた費用は、それぞれ、各補助参加人の負担とする。

四  この判決は、第一項の1について仮に執行することができる。

理由

第一  当裁判所の判断は、次に付加、訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりである。

一  原判決一二枚目表三行目の「第四条」を「第七条」と改める。

二  同五、六行目の「第一項、第二項」を削る。

三  同裏五行目の「あるばかりか、」の後に「成立に争いがない甲第二〇号証、乙第六、第七号証、第九ないし第一六号証、原本の存在及びその成立(一審被告の税務課長の作成)に争いがない甲第七号証」を加える。

四  同一三枚目表七行目の「本件宅地課税証明書は、」の後に「真実は宅地課税をしていなかつたから宅地課税証明書を発付できないのにもかかわらず、」を加える。

五  同裏五行目の「本件宅地課税証明書」から同五、六行目の「甲第七号証、」まで及び同七行目の「第九ないし第一六号証、」を削り、同六行目の「第二号証、」の後に「第七号証、乙第九ないし第一六号証、」を加える。

六  同一五枚目表一一行目の「埼玉県連合会」の後に「青年部理事」を加える。

七  同裏一〇、一一行目の「どのようなことに利用されるかを」を「埼玉県知事に対する既存宅地の確認申請に利用され、宅地開発が可能となることから、当該土地が高額で取引されることになることを」と改める。

八  同一六枚目表五行目の「同じころ」を「平成二年五月中旬ころ」と改める。

九  同一〇行目の「争いのない」の後に「甲第三号証(原本の存在と成立に争いがない。)、」を加える。

一〇  同裏二行目の「甲」の後に「第四号証、」を加える。

一一  同八行目の「一〇数回」を「約一〇回」と改める。

一二  同一八枚目表二、三行目の「現金で」を削る。

一三  同一九枚目裏五行目の「被告は」の後に「国家賠償法第一条第一項に基づき、」を加える。

一四  同七行目から同二三枚目表一〇行目までを次のとおり改める。

「三 一審被告の過失相殺の抗弁について検討する。

まず、一審被告は、本件宅地課税証明書の申請者が売主あるいは登記簿上の所有名義人ではなく、申請者欄の住所・氏名の記載が完全なものではなかつたことを過失相殺の根拠にあげる。前示甲第七号証の本件宅地課税証明書の申請者欄には住所として「大宮市土呂」、氏名として「丙川」と記載がある。しかし、一審被告の発行する宅地課税証明書の申請者は所有者などに制限されておらず、だれでも申請することができたのであるし、右証明書は、一審被告の備付けの用紙が用いられ、税務課専用の町長の公印が押印され、上部に契印も押されているものであつて、申請者欄の記載が不完全であるからといつて、公の証明文書としての体裁を欠いているとはいえないから、右の点から、文書の内容の真偽に疑いを差し挟むべきであるとはいえない。

また、一審被告は、一審原告の担当者にも、本件売買契約に同席した丙川がいわゆる「許可取り屋」であることは容易に分かつたはずであると主張する。しかし、丙川が本件売買契約締結の席上、一審原告の担当者に丁原会の肩書が入つた名刺を交付したとしても、そのことが丙川が持参した本件宅地課税証明書が虚偽であると疑うべき事情になるとはいい難い。なお、前示乙第四号証(田中の司法警察員に対する供述調書)には、田中が本件売買契約締結の席上、丙川に対し、「ずい分簡単に書類がもらえんですね。」とか「こんな半端な住所等で証明書がでますか。」と述べたところ、丙川が、「あんまりゴタゴタ言うのならほかにも買手がいるんだから、買つてくれなくてもいいんだよ。」と言い出した、田中は、丙川が何らかの理由で因縁をつけ一審被告の職員から宅地課税証明書を出させたのかも知れないと思つた旨の記載がある。右記載部分は、前示乙第五号証(田中の検察官に対する供述調書)や原審における証人田中の証言では、多少変遷しており、これをそのまま採用することはできないし、仮に、右のような問答があつたとしても、田中は、かつて、本件土地を宅地化できない土地として売買するのに仲介をしたことがあるので、本件宅地課税証明書が虚偽であることを疑うのも当然であるが、一審原告の担当者らは、そのような事情を知つていたわけではないから、田中の右のような発言とこれに対する丙川の応答から、本件宅地課税証明書の真偽を疑うべきであるということもできない。

一審被告は、本件宅地課税証明書の真偽について、自ら課税証明書の交付申請をするとか、一審被告役場に照会をすべきであつたと主張するが、本件宅地課税証明書の内容が虚偽ではないかとの疑問を抱くべき事情があつたとは認められないし、公文書である証明書を信用するのは当然であつて、重ねてそのような措置をとる必要がないように証明書が発行されるのであるから、一審被告の右主張は理由がない。

さらに、一審被告は、本件売買契約について、開発許可を代金支払の条件にするなどの保全措置をとるべきであつたと主張するが、《証拠略》によれば、一審原告側では、開発許可を代金決済の条件とすることを希望したが、売主側に強く拒否されたことが認められ、このような売買条件については、売買当事者の交渉によつて定まるのであり、右交渉によつて一審原告の希望が容易に容れられるような事項ではないから、本件において、開発許可を条件にしなかつたことを一審原告の落ち度とするのは相当ではない。なお、《証拠略》によれば、本件土地の取引のように、宅地課税証明書があり、既存宅地であることが明らかであつて、開発許可が得られることが明らかに予想される場合には、開発許可を待たずに代金決済がされることが不動産業者の行う取引の常態であることが認められる。

その他、本件において、一審原告にその損害の発生、拡大について落ち度があつたことを認めるに足りる事情は見いだせないので、一審被告の過失相殺の主張は理由がない。

四 次に、一審原告の損害額について検討する。

一審原告は、本件宅地課税証明書が虚偽のものであつたことを知つていたならば、本件売買契約を締結していなかつたことは、すでに述べたところから明らかであるから、一審原告が支払つた売買代金から本件土地の適正価格を控除した金額をもつて一審原告の損害と認めるのが相当である。

《証拠略》によれば、宅地開発ができない市街化調整区域内の雑種地としての本件土地の平成三年六月一日時点の正常価格が四八二〇万円であること、平成三年度の地価公示価格は平成二年度に比べて全国的に上昇しており、騎西町においても同様であることが認められる。したがつて、平成二年五月二五日の本件売買契約当時の本件土地の適正価格は、右の四八二〇万円を上回ることはない。したがつて、一審原告の本件の損害額は、一審原告が支払つた本件売買契約の代金二億六五二〇万円から右適正価格である四八二〇万円を控除した二億一七〇〇万円と認めることができる。

一審被告は、本件売買契約の後に、土地の価格が著しく下落したから、仮に一審原告が開発許可を受けられたとしても、本件売買契約の売買代金額を下回る価格でしか本件土地を分譲することができなかつた旨主張するが、一審原告の損害は、虚偽の本件宅地課税証明書の存在により宅地開発が可能であると誤信して売買契約を締結したことにより支払つた売買代金と本件土地の適正価格との差額であるから、右主張の事情は、右のような損害が発生した事実を何ら左右するものではなく、一審原告の損害の算定に当たつて考慮することはできない。

一審原告が、前記損害について、田中から合計七七〇〇万円、吉田から五〇〇万円、深沢から四〇〇〇万円の合計一億二二〇〇万円の損害の填補を受けたことは、一審原告の自認するところであり、そうすると、一審原告の損害の残額は、九五〇〇万円となる。

なお、一審原告が田中から右七七〇〇万円のほかに八〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないが、《証拠略》によれば、右八〇〇万円は本件売買契約についての仲介手数料の返還分として支払われたものであることが認められるから、一審原告の損害から控除すべきものではない。また、《証拠略》によれば、一審原告は、吉田及びその関係会社との間で、一五〇〇万円の支払を受けることを内容とする和解契約を締結したことが認められ、一審原告が自認する五〇〇万円はその内金であるが、残金の一〇〇〇万円については、その支払がされた証拠はない。一審被告は、支払がされていないとしても、一〇〇〇万円の請求権がある以上、これが回収不能であつてその評価が零であるとの証明がないから、一審原告の損害から控除すべきであると主張するが、《証拠略》によれば、一審原告は、吉田らに対する不動産仮差押決定を得た上、損害賠償請求権があるとの主張を前提に和解交渉を行つたことが認められ、してみると、吉田らの和解上の債務は、実質的には損害賠償債務であり、一審被告の損害賠償債務と不真正連帯の関係にあるものと解されるから、一審原告は一審被告又は吉田らのいずれに対してもその債務の履行を請求することができるのであつて、一審原告の吉田らに対する債権があるというだけでは、損害の填補があつたと認めることはできない。

本件で認容すべき一審原告の損害額や本件訴訟の内容・経緯に照らすと、一審原告の本件による弁護士費用の損害は、七〇〇万円をもつて相当と認める。

五 よつて、一審原告の本件請求は、一億〇二〇〇万円とこれに対する不法行為の後である平成三年七月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、これを超える部分は理由がない。」

第二  以上の次第で、一審原告の控訴に基づき原判決を変更し、一審被告の控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第八九条、第九二条、第九四条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 及川憲夫 裁判官 浅香紀久雄)

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